変わるもの、変わらないもの
こんな気分、こんなCD Vol. 89
(2001年10月)


午後6時半、新宿の小田急線南口の改札の前で、知人と待ち合わせをした。仕事帰りの老若男女が、まるで押し寄せる波のように途切れることなく改札の前を過ぎてゆく。

その波を避けるように大きな支柱に身を寄せて、知人は立っていた。

「この人の流れに押しつぶされるようで、同時になんだか自分だけが取り残されたような気持ちになりますね」

東京育ちでテレビの番組制作会社の社長という、想像するに非常にタフな彼ですらこう言う。

圧倒されるような流れでもそれに乗っていかないと、孤独感に襲われる。誰かと話していないと不安で、つい携帯電話を鳴らしたり、Eメールを届けたりする。

流れの速い毎日で、自分のスタイルを守り、孤独に耐える力をもつことのむずかしさを、雑踏にいると痛感する。こんな時こそ、普遍的な力をもつ歌声や音楽に戻りたくなる。

そういう気分で、ときどき立ち戻るのが、長谷川きよしの歌とギターだ。たまにライブを聴きにいくのだが、時の流れを超えた変わらないものの大切さを思う。

サンバ、ボサノバ、シャンソン、タンゴ、ジャズ、ときにクラシックの感覚と味わいを取り入れ、それでいて最後は、独自の歌心をもって音楽をつくりあげる。

厳しいほどに切れのいい、それでいて情緒的なギター。鋼のように強く、鞭のようにしなやかな声。

アルバム『アコンテッシ』は93年の作。「別れのサンバ」でデビューした当時の弾き語りとは多少、趣を変え、ピアノ、ベース、パーカッションを加えた厚みのあるいまの彼の音作りの一面を象徴している。

タイトル曲「アコンテッシ」は“燻し銀の”サンバを歌ったカルトーラの名曲。「別れのサンバ’93」「バイレロ」などかつての彼の作品の新バージョンがある。

そしてタンゴの巨匠ピアソラの扇情的な曲「忘却」、シャンソンのジルベール・ベコーが帰らぬ友の不在を悲しんだ「ラプサン」など、忘れがたいメロディーがつづく。

他人がどこへ行こうと、時間が流れても、自分を見失わない船の錨のような音楽だ。

川井龍介
サンデー毎日
2001年10月28日号
毎日新聞社刊